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第642回 「邱永漢さんとの濃密な情報交換」(高島陽物語22)

昭和34年(1959年)に高島陽さんは
歩合外交員から大商証券株式会社の取締役に
抜擢されますが、前年の昭和33年に
小説『香港』で直木賞を受賞された邱永漢さんが
株に興味を持つようになったのも昭和34年のことです。

平成元年に出版された『金儲け発想の原点』で
邱さんは株に関心を持つようになった時のことを
次のよう書いています。
「私が株に興味を持ったのは、昭和34年の頃で
それまでは株のカの字も知らなかった。
その私が株に俄かに興味を示すようになったのは
『ひょっとしたら、これから日本の経済が
すごく発展するのではないだろうか』
『もしそうだとしたら、株を買ってみるのが
一番いい経済へのアプローチの方法じゃ
ないだろうか』と考えたからである。」

そして体験重視派の邱さんは、
株のことを勉強するには株を実際に
買うのが一番と、この年の9月22日に
初めて株を買い、翌年には週刊誌で、
成長株のことを連載するようになります。

そんな邱さんにとって、株の世界で
良い成績を挙げ、自著も出して
本音の株式投資論を展開していた
高島さんは、うちとけた気持ちで
話ができる格好の相手だったと思われます。

また高島さんにとっても、邱さんは
斬新な切り口から、独自の株式投資論を
展開し、かつ行動する実行家として
頼もしい存在にみえたことと思います。

邱さんの半自伝『私の金儲け自伝』には
昭和38年(1963年)ごろの記述として
高島さんとの交流風景が次のように描かれています。
「その頃、高島陽さんは大商証券の重役をしていたが、
一週間に一度ずつ、私のコンサルタント事務所へ見えた。
私たちはその一週間に起こった出来事や
自分の得た情報を交換し合い、また景気や社会情勢について
意見を述べ合った。」(『私の金儲け自伝』。昭和47年)

探求力抜群の2人が膝を突き合わせて
話し合ったのですから、さぞかし
濃厚な情報交換がなされことと思われます。



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執筆者:戸田敦也(2007年05月19日)

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■戸田 敦也 (とだ・あつなり)
toda.jpg 邱永漢思想研究家。経営コンサルタント。問題解決・意思決定の研修講師。昭和18年3月生まれ。昭和40年、東京大学経済学部卒業。同年、八幡製鉄(現新日鉄)入社。平成6年、新日鉄部長を経て、研修業に転じ、現職。以来、邱永漢作品のエッセンス本『原則がわかれば生き残れる』、『アジアの曙』、『生きざまの探求』、『新・メシの食える経済学』(以上、グラフ社)を編集、解説。平成13年『あなたも賢者になれるー私は邱永漢さんの知恵を借りた』(グラフ社)を刊行。邱永漢思想の探求をライフワークとし、その一環として、各地でセミナーを開催。「株式投資の原則」などの通信セミナーも実施。

■戸田敦也さんへのメールはこちらまで: atsunaritoda@gmail.com