今回で、最終回を迎えました。
連載してから1年3ヶ月でしたが、
過去を振り返りながらも、
様々な出会いや出来事がありました。
主にイギリス留学時代を背景に
お話を進めましたが、現在と
かなり時代の変化を感じてます。
文章を書くことで、新たな自分の
発見もあり、この機会を与えて下さった
戸田先生、コラム連載に関しての
操作援助をして下さった中川さん、
陰ながら応援して下さった友人達に
改めて感謝致します。
本当に有難う御座いました。
イギリスで出会った友人達より
勇気を与えてくれた素敵な言葉が
沢山ありますが、その中で印象的な
言葉を拝借し紹介します。
「人生は、チャレンジ!」
この言葉は、今年の夏にイギリスの
友人宅を訪問をし、お世話になった
家族からの言葉。
色々な事情から複雑で長い間、
困難にさいなまれた友人達ですが、
厳しい現実を受け入れ、少しでも
前に進もうとする勇気と常にどんな
人に対しても、優しい気持ちで
毎日をチャレンジする態度。
言葉にすると簡単ですが、
実行するのは難しいです。
彼らからは、国籍を問わず、
常に人に平等である事、
世間の固定概念にとらわれず、
自分で考えることの行動と勇気
他人の意見を尊重し寛容になる
気持ちの大切さを体験を交えて
学ばせて頂きました。
学生時代は、何度もくじけそうに
なると何気なく励ましてもらい、
勇気を沢山与えて頂きました。
My wife is a genuine woman.
(私の妻は、心から信頼できる
誠実で本物の女性です。)
子供時代に、キプロス島から
移民として移住したギリシャ人女性を
妻に迎えたイギリス人の男性の言葉。
これは、とても褒め言葉で、
意味が深いと思いました。
「本物の女性」ってなんだろう?
彼女は、移民のため、
子供の時から言葉や
生活難を乗り越えた為なのか
とても真が強く心穏やかな人。
結婚されて、40年過ぎた
カップルですが、夫婦仲は
とても熱々でした。
倫敦パンダは、未だ独身ですが、
いつかは、彼女達の様に年を重ねても、
「倫敦パンダらしい本物の女性」に
なりたいと思わせてくれた言葉。
日本では、まだまだ男性が
あまり女性を口に出して褒める
機会が西洋ほど多くない様ですね。
でも、やっぱり褒められると人は、
男女関係無く嬉しいものですから、
お互いに相手の良い所を褒めあった方が
より良い関係になるのではないかと
イギリス人の友人達を通して実感してます。
海外で暮らしてみて感じたことは、
言語の習得以上に、生まれて初めて
直面した「自分と孤独の戦い」
が精神的に一番きつかったです。
望んだ渡英でしたが、誰も知らない
土地で、誰も知り合いも無く、
突然、孤独に襲われました。
当時は、若さもあってなんとか
「孤独の試練」を乗り越えられ、
精神も少しずつ鍛えられました。
孤独を体験した後は、
何気ない人の温かさや、
親切が本当に有り難く、
助け合って生きていく事の
大切さを感じたものです。
帰国してからも、相変わらず
ストレートで不器用な性格な為、
一筋縄では行きません。
現在も、進行形で失敗に落ち込む
事も沢山あります。(苦笑)
でも、失敗に懲りずに、
せっかくの人生ですから、
毎日明るく過ごせるように
マイペースで、これからも
人生へのチャレンジの旅を
続けて行きたいと思ってます。
また、皆さんと何処かで
お会いできる日を楽しみ
しております。
今まで、ご愛読のお付き合い
本当に有難う御座いました。
来年も、皆様にとって
健やかで実り多い年で
あります様に心より
お祈り致します。
現在中国に滞在の方や
中国に詳しい方が戸田ゼミには
結構いらっしゃいますね。
他の方と比べれば、あまり多くない
中国旅行体験ですが、
長い間、憧れて訪れた街、
麗江(れいこう)を紹介します。
麗江は、中国の西南部地区の
雲南省に属します。
北京からの乗換えで約5時間程。
麗江を訪れたいと思ったのは、
独特の少数民族の文化と
民族衣装に興味があったから。
一言で言えば、麗江は今まで
訪れた中国の大都市とは対照的。
高層ビルの変わりに、ねずみ色の
瓦屋根の家がひしめきあって建ってます。
人々は、大変親切で、のんびりしており、
町全体も、川を中心に、ゆったりと時が流れる
感じが数日の滞在でもわかります。
道端では、野菜や果物の量り売りを
している少数民族のナシ族の
おばあちゃん達をみかけました。
日本でも馴染みのある
みかんを買ってみました。
甘くて、美味しかったですよ。
宿泊は、ナシ族の色取り取りの
民族調作りの三階建ての
木造りの宿に泊まってみました。
標高2400Mに位置するので、
朝夕は、とても寒いです。
訪れた昨年10月では、
まだ暖房の施設が使え
ないらしく、かなり夜は
冷えました。
星は4つだったんですが。
宿泊先は、観光名所の古城と
よばれる昔ながらの木造りの
家々が沢山お店をだしているので、
石畳の曲がりくねった路を
流れにまかせて歩いてみました。
四方八方、くねくねしており、
方向音痴でも、分からなくなったら
同じ道を逆に歩いてみるだけなので、
とりあえず、気にせずに歩いてみました。
柳の木が所々にあって、
風が吹くと、ゆらゆらゆれ、
古城は川で囲まれているので、
その川で野菜を洗ったり、
洗濯をしている姿もみました。
水は、透明でとても綺麗でした。
ここは、完全に昔にタイムスリップ。
自分が中国にいる感じも全くせず、
時が止まって、自分がどこに
いるのかも気にしなくなる不思議な街。
人も、あまり商売っ気もなく、
お店を見ても押し売りは
無かったです。
麗江の人は、とてもおしゃれで、
色がとても鮮やかで綺麗な色の
洋服をまとっていました。
倫敦パンダも、民族衣装的な
上着を2着購入。
値段もとてもお手頃でした。
夜は、ナシ族独特の民族生演奏を
聴きに20時から行ってみました。
中国楽器はよく分からないですが、
人間国宝と呼ばれるナシ族の男性が
楽団の説明とナシ族の誇りの言葉を
使って自分の教え子の一人である
女子学生が歌を披露してくれました。
胡弓、びわの音色が疲れた
体を和ませてくれぐっすり
眠れました。
ナシ族は、トンパ文字といって
絵文字の文化があります。
とてもかわいいのですが、
存在の危機があって、
世界各国からの寄付で
学校を維持してます。
日本の民間からも援助を
受けており、その写真も
見ました。
意外にもヨーロッパ、北米で、
トンパ文字を紹介している
博物館があり、各国で熱心に
研究されているようです。
その影響もあるのでしょうか、
結構な数のフランス人、ドイツ人、
アメリカ人の団体旅行者に連日
会いました。
遠い、ヨーロッパ、アメリカからも、
遙々旅行者が訪れる街、麗江。
倫敦パンダにとっても、
やはり魅力的で、想像した
以上に美しく心の印象に
残る素敵な街でした。
○ ワンポイント 麗江の自然トイレ遭遇!!
麗江は、街の景観が素晴らしく世界遺産登録
されている街ですが、公共のトイレにビックリ!
玉泉公園での公共のトイレにはドアが
ついてません。個室ですが、仕切りが付いているだけ。
いろいろな噂のある中国のトイレ事情ですが、
まさか麗しの街で「自然トイレ?」にお目にかかるとは
思いませんでした。いやはや、なんでも体験の連続です!(笑)
戸田ゼミには、旅行好きな方、
食べるのが好きな方が
大勢いらっしゃいますね。
倫敦パンダも旅行大好きです。
特に学生だったイギリス滞在中は、
学業の他に各地ヨーロッパを休みの
合間に出来るだけ沢山回りました。
その中で、何度訪れても、
飽きること無い楽しい街を
ご紹介します。
スペインのバルセロナ。
バルセロナは、首都のマドリードとは
違ってかなり洗練された都市。
カタルーニャ地方に属しており、
独特な言語と文化があります。
バルセロナは、1992年の
夏季オリンピック開催都市。
現代の建物と昔の建物が
混ざっており、緑も多く街も
かなり整備されて綺麗です。
かなりひいき目にみて(笑)、
倫敦パンダの都市と
なんとなく似ている気が
して大好きな街の一つ。
バルセロナは、有名な建築家
アントニオ ガウディーの建築で
知られているサクラダファミリア
(聖家族教会)が名高いですね。
1882年の設計から時を経て、
現在までも建築中。
完成は、2020年予定。
設計をしてから100年以上も
かけ、現在も建築中の教会なんて、
世界に一つしかないですよね!?
バルセロナは、建物も愉快で
人も親切でおしゃれで個性的な街。
他に、ガウディーの手がけた
建築物は、市内中心部に
現在も存在し普通に使われてます。
名称カサ ミラは、
アイスクリームが溶けたような
外壁で、屋上には、きのこの様な
オブジェがある白い建物。
バルコニーが、仮面のマスクの形の
様な囲いで固めらた色取り取りな
外壁で虹色のタイルのマンション、
名称 カサ パトリョ。
又、個性的なビルの上に
針金でできた鳥の巣のような
現代美術館もあります。
中心地から離れるとあたり一面
緑のジャングルで覆われた
ガウディーのアトリエ兼、住宅として
住んでいたピンク色!の建物が
遠くからでもかなり目を引きます。
沢山の色使いの細かいタイルで、
いろんなオブジェを作っている
グエル公園も、とても見ていて
楽しい気分にさせてくれます。
スペインといえば、お昼寝時間の
シィエスタをご存知でしょうか?
シィエスタは、真夏ですと
だいたい昼の暑い14時から
17時までの時間にあたるようです。
その時間は、大体の小売の店、
通常のレストランが閉まります。
食事処のレストランは、早くて夜の
19時30分すぎからの開店。
レストラン開店前の17時過ぎには、
居酒屋にあたる「バール」といった場所で
夕食前の軽食にあたるタパスを
食べるのが一般的です。
タパスとは、小皿の一品料理を指します。
立ち飲み洋風居酒屋として、
最近は日本でもスペインの「バール」
スタイルを見かけるようになりました。
「バール」では、軽食もカウンターの
バーで、ガラス越しにある種類豊富な
お惣菜を指すと小皿に盛ってくれます。
海が近いので魚のマリネ、ヤリイカ、
たこのオリーブあえ、炒め物等、海の幸が多く、
味も美味しいし、値段もかなり手頃で魅力的。
好きな食べ物は、たらもサラダ。
フランスパンを焼いたガーリックトースト
の上にトマトをすったペースト状を
パンにつけた物とオリーブは、
だいたいお通しの様な形で出されます。
オリーブは、大きさが直径2センチぐらいの
物もあって、種類が多く美味しいです。
バールでは、一人で立ち寄る
男女も多く見かけました。
皮のミニスカートを穿きこなした
年配の女性が堂々と何気に一人で、
コーヒーを飲んでいる姿を見ても
「さま」になってとてもカッコイイー!!
バルセロナの夜は、夕食も
通常自宅でも21時ぐらいから
始まるようです。
夜の社交ライフが活発なスペイン生活。
シンデレラタイムが過ぎると
まぶたが閉じやすくなるので、(笑)
もっぱら日中の朝市とか、花、鳥、
大道芸人、レストランが並ぶ
「ランブラス通り」を充分満喫。
最近はスペインも、テロの騒ぎがある為
訪問を控えてましたが、時期を見て
久しぶりに訪れたいなぁーと思ってます。
○ ワンポイント スペイン人は、映画好き?
スペインで夕食を食べた後に、かなりの
長い行列が。スペイン人もあまり行列に
並ばないことで有名。20代の若者が
多くて、「これは何の集まり?」と思ったら、
映画館に並んでました。どうやらロードショー
封切り初日の様子。時に、夜23時頃でした。
週末ともあって、沢山の普通の若者が
グループで並んでいる光景は、こちらが映画の
ワンシーンを見ているくらいに、とても不思議な
気分でした。
イギリスでは、ボランティア活動が
日常の生活に溶け込んでいるので、
その影響を受け、帰国してから
日本でもボランティア活動を開始。
帰国してから就職活動中に、
国際交流に興味のある友人
からあるお誘いが。
インドネシアと日本人の
交流の舞台立ち上げに
関するボランティア
スタッフを募集との事。
舞台内容は、戦後50年を
記念して、インドネシアを
舞台に当時の敵国同士である
日本人とインドネシア人を
テーマに人間味あふれる
テーマの話。
戦争が舞台背景でしたが、
全く暗くなく、「真の国際交流とは?」
を説いた内容が盛り込まれてました。
この舞台内容に賛同した、
元青年海外協力隊員の方が
代表となり、彼らのいろんな
繋がりで総勢各ボランティア
団体から50名参加。
倫敦パンダの地元でもいろんな
ボランティア活動組織を知り、
様々な人たちに出会いました。
海外との国際交流を主に
活動をしているボランティア組織に
興味があったので名前を登録することに。
日本だと、ボランティア活動というと
「大層な行動」とか思われがちですが、
自主的に無理のない行動で
活動を取り組むだけなんですよ。
活動している内容は、
主に外国人のお客さんが
街を訪れた時の観光案内や
依頼内容の相談事に対応。
他のメンバー達は、
外国人のホームスティを
受け入れたり、日本語を
教えたりしてます。
今までのボランティア活動で
嬉しいことは、ちょっとした
沢山の国の人との触れ合いです。
2002年、サッカーワールドカップ
大会でも、ボランティア活動参加。
サッカー開催都市の一つだったので、
有給をとって10日程でしたが、
報道機関でボランティアをしました。
各国の記者や報道カメラマン達が
各ブースに現れるので
チケットを渡したり、分配したり、
選手のスタメンをコピーとったり、
場内アナウンスしたり、ごみを回収したり。
ちょっとしたエピソードがあって、
アルゼンチン試合の開催前に
あの神の手で有名な伝説を作った
○ラドーナが来るかも?!と秘かな情報が。
結局ビザが取れなくて来日は叶わずに。。。
アルゼンチンの試合は、
優勝候補の一つだったのに、
残念ながら、負けたこと。
試合終了後は、選手全員が、
かなり落ち込んで、しばらくは
選手誰一人、更衣室から
出て来られずに。
呼びに行く大会関係者も、
声が掛けられない程
落ち込んだという話。
情熱の国、アルゼンチン。
自分の思いを素直に隠さずに
表現するんですね。なんだか
その話を聞いてこちらも熱く
「じーん」としてしまいました。
日本代表もこのサッカー場を
訪れ報道機関もいつも以上に
日本の有名人も参上し、
報道関係は、まさにお祭り気分!
有名人数名も見かけました。
実は、隠れミーハーなので、(笑)
その様子を大いに楽しみました。
ボランティアを行う事とは、
決して、こちら側の一方通行な
行動でなく、自分も相手も
一緒になって、協力しながら
楽しんで行う活動だと
思ってるんです。
その活動で得られることは、
普段と違う自分を再発見したり、
いろんな国や人と短期間でも
知り合うチャンスなんだなぁーと
実感している今日この頃でした。
○ ワンポイント スープは、食べるもの。
日本語でスープは、飲むものと表現されますが、
英語では、スープは、食べるもの「eat」と表現されます。
西洋のスープは、スプーンが付いているので
スプーンですくって食べる行為になるのでしょう。
日本人式に、ボールに口をつけてスープを「ずずーっ」と啜る
行為は、かなりのマナー違反です。海外に行かれた場合は
周囲に気をつけて、スマートな食事を楽しみましょうね。
滞在先のブリストルで、
イギリスと日本の日英友好の
為の交流クラブが有りました。
ヨーロッパやアジアの友人達から
日本に対する好印象を知ってからは、
自然と交流クラブを思い出したんです。
その交流クラブの名前は、
「Japan Club」
ブリストル大学中に、友人H子が
代表で、交流クラブを結成。
お気軽にイギリス人と
日本人の情報交流場
として作られたようです。
倫敦パンダが、ブリストルに
滞在前からイギリスと日本の
交流運営活動が活発で
定期的に集まりがあったようです。
どんな人が集まって来たかというと。。。
イギリス人側からは、
日本に興味をもっている人、
日本で旅行、仕事をした経験のある人、
日本文化、日本食、日本語に興味のある人等、
日本人側からは、
イギリス人の友人を作りたい、
日本人の友人の輪をもっと広げたい、
イギリス滞在中の日本人同士の情報交換
イギリスの語学学校情報交換
イギリスの日常生活滞在中の相談事項、
H子が大学を卒業後、日本帰国日が
決まってたので、代表権をH子から
日本好きな社交的なイギリス人夫妻に。
H子から交流クラブの存在を
聞いてましたが、H子が帰国後、
倫敦パンダ自身が、イギリスと
日本に関する交流を結成する
事になるとは、全くの予想外。
実際に、H子帰国後の交流クラブの状況を
確かめてみると、クラブの主旨が変わり、
あまり定期的に活動してない様子。
その頃は、交流クラブも事実上は、
名前だけの存在になりつつあったんです。
恩師やイギリス人の友人に何気に
その話を持ちかけた所、代表権の
イギリス人夫婦を良くご存知との事。
彼らと恩師や友人を通じて、
自分の考えを伝えたところ、
快く代表権を譲るとのこと。
代表は、イギリス人の友人に
なってもらい、倫敦パンダは、
主に日本人の後方支援に。
こうして、交流会の再結成がスタート。
イギリスと日本の交流の場を設け、
平日の夜、月に一回、テーマを
決めて交流活動開始。
当初、肝心の集まりの場所が
決まらなくて頭を悩ませました。
恩師の知人が教会の一部で
あまり利用してない部屋を
無料で貸して下さる事のお話が。
その好意に甘え、室内以外の
光熱費、お茶代、テーマによって
掛かる費用や講師を呼んだ場合は、
交流クラブの参加費の積み立て費
から賄う事にしました。
参加費は、毎回一人1ポンド(約200円)。
ウエルカムドリンクは、
紅茶とビスケットでのスタート。
スタート当時は、関係者だけだったので、
5-6人でしたが、チラシ配りとか
日本人留学生に声を掛けたら
定期的に、15名ぐらいになりました。
当時のテーマで人気だったのは、
やっぱり、食に関すること。
日本食テーマの時は、
日本人の友人にも手伝って
もらって、各自一品日本食を
持参してもらいました。
タイ料理のテーマの時は、
タイ人の友人を講師として、
タイ料理を持参してもらい、
タイのとても綺麗な野菜
カッティングの実演披露を
してもらいました。
食べ物のテーマの時は、
30名ぐらい集まりました。
やっぱり食の交流は、話の話題の
題材にしやすいし、通常より
おしゃべりにも拍車がかかり、
沢山友人の知り合いが出来たり、
情報交換が活発になったようです。
まさに、食は、国境を越えて
世界共通の輪!をつくるんですね。
○ ワンポイント ロンドン下町の訛りは、コックニーアクセント。
ロンドン近郊の東部地区のロンドン下町では、
コックニーアクセントと言われる訛りがあります。
独特のコックニー表現が存在し、通常のイギリス人でも
発音も聞き取りにくく、コックニー辞典もある程。
かの有名なサッカー英国代表の○ッカム選手もコックニー
アクセントの持ち主。英国では、発音や使う単語で
階級や教養がすぐに分かると言われてます。
日本人訛りの英語は、一つの個性だと思うので、
発音以上に、むしろ、ユーモアーを取り入れた
会話内容で、話を弾ませるのも手かもしれませんね。
常に課題となってますが。(苦笑)
イギリスは、約数10万の
ボランティア団体が存在しており
イギリスの社会生活に密着してます。
ボランティアやコミュニティ活動と
呼ばれている社会奉仕活動は、
様々な目的で積極的に活動されてます。
知っている限りの内容をざっと紹介しますと
○住んでいる街の住人が
住みやすい環境を整える為の活動、
○教育困難な子供達、シングルマザーへの援助活動、
○障害者や高齢者介護、
○病院の患者へのボランティア活動、
○個人的な他人の為の活動等。
日本で一番身近な活動は、町内会の活動が、
自主的な社会活動にあたるかと思います。
イギリス政府からもボランティア団体の
活動は奨励されている関係もある為か
自然体で前向きな動きがみられますね。
今年の夏にイギリスに訪れた時に
知ったんですが、英国皇太子基金の
ボランティア団体組織が出来、
通常のイギリスのスーパーで
さりげない団体名(商標されている)
の名前の入ったチョコレートボックスを
興味があって購入してみました。
お味は、とても王室の味!?
上品で通常のとても甘ったるい
イギリスのチョコレートより
多少甘さはおさえてありました。
倫敦パンダは、甘さを抑えた
日本のチョコレートの方が
繊細で好きな味だと実感。(笑)
英国皇太子基金のボランティア団体にも
みられるように、近年日本でも沢山の
ボランティア団体の存在を知りました。
有機野菜栽培、花の販売、無添加パン製造、
石鹸の販売等、主に日常生活用品を中心に
販売しその収益がボランティア団体活動費と
なっているようです。
イギリスでは、ボランティア団体名で
活動をする場合は、登録団体名の
証明のIDカードを身に付けて活動する
事が義務付けられてます。
イギリス滞在中でびっくりしたのは、
バラの花売りの献金活動。
夕食時の時間に、レストランに入って来て、
沢山のバラの花束を抱え、食事をしている
お客さんに「バラの花一輪いかがですか?」
と言ってさりげなく会話に割り込んできます。
カップルのテーブルでは、優しい男性達は
女性達にバラをその場で購入してプレゼント
する姿をよくみかけました。
この状況では、男性も断れないでしょうね。(苦笑)
食事する所までに、ボランティア活動と
称して突入されてしまうと、ボランティアと
言う気持ちより、強制献金の気がして
あまり気持ちの良いものでは
ないなぁーと感じました。
イギリスの好きな生活習慣の一つに
様々な用途の面白い絵入りの
カードで気持ちを伝える事。
選択したカードで、その人の
ユーモアーのセンスも光ります。
相手に感謝の気持ちを伝えたり、
おめでとう!カード、励ましのカード、
さりげないプレゼントの時に
大体必ずカードを添えます。
カードの裏側には、ボランティア
団体名が印刷されてます。
結構見受けられたのは癌の
ボランティア組織で友人達は、
決まったボランティア団体名の印刷が
されているカードを利用してました。
イギリスには、海外にも活動拠点のある
大きなボランティア団体組織の
「オックスファム」があって
リサイクルショップも兼ねており
イギリス国内で沢山みかけました。
知り合った日本人の友人の中には、
英会話の勉強も兼ねられるので、
「オックスファム」で無償でアルバイトを
する姿もありました。
倫敦パンダも何かイギリスと
日本に関する活動をしたいと
考えていたら、身近な所から
交流活動を行う話が舞い
込んで来たのです。
○ ワンポイント イギリスでも「湯たんぽ」あります。
今年の日本の冬は、かなり寒くなるのでしょうか?
イギリスでも冬の寒い日々が続くと
就寝に必要な物は、「湯たんぽ」でした。
英語で、Hot water bottle。主にイギリスでは、
高齢者の方が利用される理由で、ドラックストアーで
販売されてます。形は、長方形で材質はゴムの朱色。
なるほど、実物を見るとイギリスの若者はあまり使用
したくない訳がわかりました。(苦笑)
日本の隣国に目を向け始めたら
不思議とアジアの友人達との
出会いがありました。
思い起こせば、当初の語学学校で
常に親切に対応してくれたのが、
若干16歳のタイの女子高校生。
彼女は、タイ国費留学生。
英会話は、タイの発音が強くて
とても聞きにくかったけれども、
読み書きが上級クラスと
対等の実力の持ち主。
金曜日のクラス別ミックスクイズでも
スペリング単語当ては断トツトップ。
当時のタイは学歴社会で
厳しい大学受験準備が
帰国後待っているとの事。
微笑みの国に象徴されるべく
とても笑顔が可愛く印象的。
上手く会話が出来なくても
「にっこりスマイル」と
パーティーに持参した
「タイのグリンカレー」で
存在感をアピールし人気者に。
もう一人のタイ女性との出会いは、
ローカルのイギリス人が通う
短期間の秘書学校在籍中で。
イギリス人の男性と結婚し、
就職の為、秘書学校に通学。
英語堪能で、タイプ検定級や
英文速記を習いに来てました。
当時在学中のアジア人は、
彼女と倫敦パンダだけだったので、
なんとなくお互い声を掛けることに。
彼女には、ブリストル近郊滞在の
タイ人ネットワークを通じて何度か
タイの家庭料理を楽しませてもらいました。
香辛料が強く、辛いイメージのタイ料理。
辛いのがちょっと苦手な事を伝えると
辛さ調整をしてもらい、全く辛くない
トムヤンクンスープを作ってくれました。
とても美味しくヤミツキになりました。
今度は、恩師の語学学校に
短期コースで参加してきた
韓国人の女性。
韓国の大学でジャーナリズムを
専攻した為か、ディベートの授業では、
理論的、考え方がとても斬新で
しっかり自分の主張をする持ち主。
とても礼儀正しくて、優しく奥ゆかしい人。
さり気無い心配りで、短期間中でしたが、
お互い心打ち解けられた友人となりました。
そうこうしているうちに、気が付いたことが。
アジアの女性達の素敵な面を発見したんです!
ヨーロッパ人より小柄で華奢なこともありますが、
普段の何気ないしぐさ、動作さ、微笑みが
ヨーロッパ人とは違った細かい表情が
とても自然に素敵に写りました。
ヨーロッパ人から言われる「東洋の神秘」の
意味を体感した気がしました。
出会ったアジア人の友人達に何気なく
日本に対しての印象を聞いてみました。
彼女達の意見ですが、過去の戦争が
原因で偏見をもつ若い世代は若干いるが
全体的に日本に対して友好的。
韓国の友人の両親、祖父母の世代
においては、戦争の影響や国の
教育方針の背景もあって
日本に対して未だに快く
思ってない事実も知りました。
イギリス、ヨーロッパにおいては、
日本の教科書であまり触れてない
近代史に関しての事実内容の書物が
普通に図書館や本屋にあります。
もともと歴史は苦手教科でしたが、
日本の近代史を英文で知ることは、
衝撃的でしたが、自分の無知も知り、
過去の歴史事実を知ることは
大切な事だと思いました。
歴史上の過去はあっても、
偶然なのか、同じアジア人だと
物事の考え方や感じ方に
共通点があると思いました。
当時の日本の全体の印象は、
「経済豊、清潔、安全、勤勉正直な国民」
ヨーロッパ、アジア人の友人達から
言われる共通の事柄でした。
今まで、考えもしなかった好印象の
意見で日本人として褒められた事に
とても嬉しく感じましたね。
○ ワンポイント 海外滞在中は、身近な民間国際大使に。
海外に滞在していると他の国を知るきっかけは、
一番身近に居る外国人を通じてだと思います。
自分の想像と現実のイメージが一番わかりあえる瞬間。
海外滞在中は、滞在者を通じて良くも悪くも自然と
その国のイメージが出来上がると思います。
小さくも民間国際大使の気持ちと自己責任の行動もと、
現地の人と溶け込んで、滞在を楽しみたいものですね。
渡英する前もイギリス滞在中も
倫敦パンダの頭は、ヨーロッパ
大好き全開モードでした。
今でもヨーロッパは魅了あふれる
都市が沢山あるので各地を
訪れるのが楽しみです。
イギリス学生時代には、
日本隣国のアジアには
あまり興味はなかったんですが
あることをきっかけに関心が。
学生時代の毎週金曜日は、
たまに他のレベルのクラス全員と
一緒の合同の授業がありました。
内容は、上級クラスの生徒が先生になり
他のクラスに英語で勉強を教えたり、
レベルクラスをミックスしたチームを組んで
ゲームをする時間に白熱しました!
チーム対抗のゲームではそれぞれ
自国の問題を作って相手に点数を
取られないように頭をひねって出題。
答えは、三択形式なので知らない
問題内容でも三分の一の確率で正解。
他のヨーロッパ人、特に10代の若い
学生達でも自国以外のヨーロッパ地理、
歴史、政治に関してかなり精通しており、
とても関心しました。
はたして倫敦パンダの場合は?
隣国の韓国、中国、東南アジア諸国には
あまり興味が無い理由以前に「無知だなぁー」と
いうことに気がつかされたんです。
日本の事だって、よくわらかなくて、
ヨーロッパのクラスメイトの質問に
答えられない場面もありました。(苦笑)
韓国の首都は、ソウル。
中国の首都は、北京。
社会主義思想??
毛沢東の文化大革命?
文字でしか知らない知識。
社会主義国は、なぜか近寄りがたい
怖いイメージを抱いてました。
フランス人のクラスメイト達は、
中国に結構興味があって
「いつかは、万里の長城に
登ってみたい!」との声。
地球上から肉眼で唯一、
見える人工の建物の理由から。
他にもイタリア人のクラスメイトで
中国大好きな生徒が数人いました。
その中でも、将来中国へ2年
留学予定のあるイタリア人の
クラスメイトは、壮大な中国の
歴史と文化、美術品、民族に
とても興味があり、週1回は、
家族で中華料理店で
外食をされているとのこと。
イタリア人も中国人となんとなく
共通点があると思いませんか?
食好き、騒がしくおしゃべり好き、
列には、けして並ばない!(笑)
ヨーロッパ人でも中国に
関心がある事実がとても
意外で驚きや新鮮に
感じたのです。
当時イギリスにおいては、
中国人社会、いわゆる華僑が
商売の成功に対してあまり快く
思ってない方が多かったですね。
理由は、経済不況の中、
イギリス人労働者の働き口を
中国人に奪われる等の恐怖心が
あったし、中国人はお金の話を
普通に話題にするからです。
イギリスでは、お金の話は政治、
宗教の三大タブーの一つでした。
特に教養ある人は、通常お金の話は
人前で話す話題ではないと
されてたようです。
階級制度の名残なのでしょうか。
日本人もお金の話は、積極的にしないので、
イギリス人と似てると思いませんか?
そんな事もあって当時イギリスでは、
中国人についてはあまり良いイメージ
がなかったことは確かです。
でも胃袋は別問題のようで、
中華料理は値段も手頃だし、
ロンドン中華街を見ても分かるように
イギリス社会に溶け込んでました。
ある日、普段道を歩いてた時や
公衆電話を使用してる時に、
中国人と勘違いをされ
心もとない言葉の暴力や
意地悪をされた事もありました。
渡英前まで、人種差別を受けた事は
なかったんですが、まさか留学先の
イギリスで人種差別的な体験を
するとは思いもしませんでした。
なんとも言えない悲しい
気持ちになりました。
人種差別は、あってはならない事、
無知無教養から生まれる勝手な
悪いイメージが存在するならば、
誤解をしている相互の国の違いや
考え方を理解する事は出来るのでは?
と自分なりに哲学してみました。
国際情勢にも、全く疎かったんですが、
この件でようやく目が覚めるきっかけに。
又、クラスメイトの意見を聞いて
ラテン民族はアジアに対しての
偏見もないし見方が明るいわ!と
話題に上がった中国を気に掛け始め、
アジア隣国にもなんとなく興味を
持ち始めたのでした。
○ ワンポイント 冬は、ホットワインで暖まりましょう。
イギリスの冬パーティで始めてホットワインを飲みました。
オーストリアなどは冬の風物詩でクリスマスマーケットで
よく売られてます。自宅でもお手軽に作れます。
鍋に赤ワイン人数分適量とオレンジの皮付きを適当に切って
同時に入れます。鍋を焦がさない様にゆっくり弱火で加熱。
(オレンジの香りがしてくるまで。)沸騰して来ても更に焦がさない
程度に2-3分ぐらい鍋を回してから火を止めます。
オレンジ風味の熱々ホットワインの出来上がり。
マグカップに入れて召し上がってください。
お好みで、はちみつやレモンを絞っても美味しいです。
体が「じわーっ」と暖まりますよ。
第20回で紹介したパリの
親友と弟がついに梅雨明けの
ある夏に初来日!
感激のご対面でしたが、
湿度の高い日本の夏と
長時間フライトでかなり
疲れた様子でした。
滞在は、2週間。
フランスでは夏休暇の2週間は
短い方で、(!)
職種や仕事の地位によると
4週間-8週間取れるそうです。
2週間は、休暇取れないので、
最初の1週間に観光案内をし、
残りの1週間は日中は自由に
彼ら自身で歩いてもらうことに。
倫敦パンダの家族にとっても
外国人滞在受け入れ初体験。
親友との会話は英語なので、
彼女は、弟にフランス語通訳、
倫敦パンダは家族に日本語通訳。
家族にとっては、とまどいながらの
国際交流体験でしたが、緊張しないで
普段の姿での異文化実体験を
してもらいました。(笑)
パリの友人には、日本で興味を
持ったことは、なるべく叶えられる様に
こちらも出来る範囲で協力しました。
でも、お互い無理は禁物で
自然体で、普通の日本の
生活を体験してもらえれば
いいと思ったんです。
もちろん彼らも特別な事は
望んでなく普段通りでok!
外国人だからと言って、
特別な扱いをする必要は
ないんです。
イギリス、フランスの友人宅
滞在中も皆と同じく普通でした。
彼らの行きたいところは、
やっぱり東京ディズニーランド。
パリ郊外のユーロディズニーと
比べて乗り物が多く大満足。
当時、フランスは、イギリスより
親日家の方が多いと感じました。
パリの親友の実家でも、
近所の方が日本の布団を
愛用されていたようで
昔から日本が身近だったと
聞きました。
パリにも日本人社会がある為か、
和食器、家具を扱っているお店が
イギリスより多かったですね。
「無印の店」は、イギリスでも
パリでも人気店でした。
倫敦パンダの地元は中都市なので
パリの様に大都会じゃないけど
緑が多く、海も山も近いので
海の幸、山の幸と食べ物が
豊富なんですよ。
残念な事に彼らは魚があまり
好きじゃないので、肉料理を
メインに食事を用意しました。
お寿司、刺身も挑戦して
もらいたかったんですが、
やっぱり「生魚」は拒否反応。(苦笑)
かわりに「焼きそば」「日本のカレー」大好きに。
日本のパン屋のパンは、
フランスのパンの独特な
香りがなくて、特にバケットは、
「プラスチックみたいで食べられないなぁー」
と嘆かれました。
近所のパン屋で焼いているイギリスパンに
チーズトーストしたものは、気に入って
なんとか食べてもらえました。
親友姉弟達は特に食通では
ないんですが、彼らにとっても
食のカルチャーショックだったようです。
彼らの日本で驚いた事は、
穴の開いた5円、50円玉、
タバコの自動販売機、
鍵の付いた傘たて、
無料のティシュ配布、
思った以上に日本国内で
英語が通じないこと。
日本の和式トイレは、かなり爆笑の対象!
最初は、布団での寝泊りは背中が
痛いと言ってましたが、滞在中に
すっかり慣れ?健康的だと言ってくれました。
覚えた日本語は、「こんにちは。ありがとう。ただいま。」
帰宅すると「ただいまー!」と声を
掛けるのが印象強い文化言葉と
なったようです。
フランス、イギリスでは「ただいま」
に該当する直接の言葉も無いので
とても忘れがたい言葉となったようです。
最初はパリと日本の文化生活習慣が
全く違うので不安だった様です。
最終的には、異文化体験の
充実した滞在になったようで、
こちらも「ほっと」一安心。
倫敦パンダの家族や
友人達にも様々な
協力を沢山して
もらって感謝です。
倫敦パンダの母に言わせると
フランス語の印象は、
「水の中でぶくぶくしゃべっている音」の様。
なぜかフランス語の会話中は
潜水艦にいる?感じがしたようです。
彼らは、その表現に大爆笑してましたね。
お互い会話も通じないと宇宙的な
異文化体験となりかねませんが
楽しい時間は共有できると思いました。
ちなみに、皆さんはフランス語
どのような音に聞こえますか?
○ ワンポイント どしゃぶりの雨の面白い表現。イギリス編。
どしゃぶりの雨の表現方法がイギリス英語には多様にあります。
興味深い事に「猫と犬」を使っての表現があります。
It rains cats and dogs today.(きょうは、激しい雨だよ。)
理由は不明なんですが、猫と犬が喧嘩すると想像以上に
激しいイメージがあるからでしょうか?
海外に長期滞在すると、
現地の友人達は勿論の事、
日本の友人達の存在が
とても懐かしく大事に思えます。
イギリスだと通常9時間の
時差があるし、なかなか物理的に
会えないし、携帯もメールも
普及前だったので、なお更
強く感じた気がします。
滞在が、1年以上過ぎる頃、
周囲の日本人の友人達には、
はるばる日本から家族や
友人が遊びに来ていたので、
ちょっと羨ましく思ってました。
以心伝心か!!
日本より親友が来てくれる事に。
高校時代からの親友の一人。
愛称は、「ビーバー」
笑うと前歯がビーバーの
様で可愛い理由で付いた
ニックネーム。
親友とは、仲良し3人組みで
渡英前に香港、マカオ、パリ、
ブリュッセルに一緒に行った仲。
今回が、親友にとっては
初めてのドキドキ一人旅。
たった一人で勇敢にもわざわざ
イギリスまで来てくれた事に
心底嬉しく今でも忘れられ
無い程感動したものです。
渡英前は、「遊びに行くからねー」と
声を掛けてくれた友人が沢山居ました。
現実問題として、地図上は遠いし、
お金も掛かるし、社会人だと
まとまった休暇もとりにくい等で
タイミング的に厳しかった様です。
その頃は、ロンドン在中の友人達と
知り合いになった事もあって、
観光案内役も何とか一人で
出来る様になってました。
主な大枠のロンドン観光名所は、
バッキンガム宮殿、ナショナルギャラリー、
テイトギャラリー、大英博物館、V and A博物館、
ロンドン橋、ビックベン、ハロッズ、
ロンドン中華街、ソーホー、
ピカデリーサーカス周辺等。
バッキンガム宮殿の衛兵交代を
見物に行った時に運悪く交代見学無。
その割りに衛兵の様子が普通じゃないので、
しばらくその場にいたら、エリザベス女王を
乗せた黒塗りの車がバッキンガム宮殿に。
「きゃー、女王様だわ!」と二人で興奮。
黒塗りの車2台のうち2台目に
搭乗されてました。
一台目は護衛用なんですね。
遠目でしたが、品の良い女王様は、
黒いお帽子とコートを御召になってました。
しっかりと目に焼きつけました。(笑)
上記観光名所以外には、
セントポール大聖堂、
ケンジントンパレスへ。
滞在先のブリストルにも
足を運んでもらいました。
当時、生前ダイアナ元皇太子妃が
住んでいたケンジントンパレスの
庭園が素敵で一緒に写真を撮ったり。
勿論、英語だけど当時人気のあった
「レ ミゼラブル」のミュージカル鑑賞も
良い思い出になったようです。
ミュージカルは、日本と違って
とてもお手頃な値段で気軽に見れます。
当時学生だと、5ポンド(約1000円)
通常の席は、15ポンド(約3000円)
高額な席は、50ポンド(約10000円)
チケットは、上演される劇場で
直接かチケット専門を扱っている
チケットボックスで購入出来ます。
劇場で直接購入した方が、
座席も良い席を選べましたね。
倫敦パンダ自身もすっかり観光客気分。
日々の厳しい勉強から
開放され、親友との時間を
思いっきり楽しみました。
実際に親友と話していると
イギリスに居るのに夢の中で
親友と会っている錯覚が。
「夢じゃないよね?」と親友に
変な質問をしたのを覚えてます。
親友が帰国する時には、
やっぱり淋しくなったけれども、
もう少しイギリスで頑張ってみようと
とても励みとなりましたね。
いろんな場所で出会って、
知り合いになった友人達は
とても貴重で大切。
特に心の通じ合った友人達とは、
電話一本でいろんな悩みの
相談を聞いてくれる有り難い存在。
友人達を見習ってちょっとした事でも
人の役に立てる行動を心掛けたい
ものですね。
○ ワンポイント イギリス式ジェスチャーで魔除けの方法。
イギリスでは、身近な出来事で起きた良くない事を
回避する為の魔除け的なジェスチャーがあります。
必ず木製品じゃないと意味が無いようですが、
身近にある木製品に手を触れながら、Touch wood!と
言って魔除けのおまじないをします。
木製品と魔除けとの関連性は分からないですが、
なんだか面白い組み合わせだと思いませんか?
二人目のユニークな友人は、
関東出身の美容師。
日本で美容師をしており
海外で自分の腕を磨く為に
ロンドンで学生をしながら
働いていたのです。
出会いは、ロンドンのピカデリー
サーカスの日本人向け美容室
「かみゆい」で倫敦パンダの担当。
なぜロンドンの美容室に
わざわざ行ったのか?
滞在先のブリストルで、ローカルな
美容室に何度か行ったんですが、
とても満足出来ない仕上がりばかり。
洗髪は、なぜか毎回背中まで
水がしたたり、両耳にも水が
入ったりと風邪を引く一歩手前。
伸びきった腰までの長い髪を
切った時は、漫画のコマとして
描ける位「ぎじゃきじゃ」に。(涙)
この技術で、30ポンド。(約5000円)
この時、改めて日本人の美容師さんの
芸の細かさや技量に感心した事か!
海外生活において女性なら特に
美容関係は個人差はあっても
様々な悩みがあると思うんです。
日本人の髪は、イギリス人や
ヨーロッパ人の髪質と全く違って、
毛が太く、直毛、切りにくい、
セットしにくい髪質だそうです。
節約生活中でも、髪の為には、
惜しまずにお金を使いました。(笑)
渡英前は、英会話に自信なかったので、
美容室に頻繁に行かなくても済むように
ショートヘヤーにして行ったんです。
当初の短期滞在から長期滞在になり、
さすがに1年ぐらいもすると
腰辺りまで髪が伸び放題。
このままでは「お化けになるー!」と
美容室を探す事にしたんですが。。。
イギリス人髪用のはさみは、
日本人の髪を切るのに全く適して
なかったと身をもって実証しました。
そんな訳で、やっぱり
「日本人専門の店が集まっている
ロンドンに行くしかない!」と決心し、
ピカデリーサーカスへ向かった訳です。
友人は、倫敦パンダの金銭事情を
理解しお店で髪を切る代わりに、
彼女の自宅で髪を切ることを提案。
その方が、結果的に様々な面で、
お互いに都合が良かったんです。
彼女の腕はとても安心満足の
出来で、既にロンドン滞在4年目。
ブリストルでは手に入れにくい
ロンドン生活状況、日本人社会の話、
留学生事情等の最新情報を
教えてくれました。
そろそろ帰国する時にお店に
来店したイギリス人の舞台芸能
関係者と知り合い結婚。
今は、一児の母。
ロンドンで、日本人に髪を
切ってほしい友人には、
彼女を紹介しましたね。
YUKI ちゃんは、とても腕の良い、
親切で、とっても心が粋な
「ちゃきちゃきの江戸っ子」
そのものでした。
○ ワンポイント イギリス式ジェスチャーで、幸運を祈る方法。
イギリスやヨーロッパ社会では、会話をしながら頻繁に
ジェスチャーを使います。イギリスでは相手に対して、
ちょっとした幸運を願ったりする時に、
人差し指の上に中指を交差する動作をします。
会話上では、I keep my fingers crossed for you.と表現。
日本では、ちょっとした願掛けがいろんな場面で使われますが、
その場合でも、このジェスチャーは使えます。
イギリスでは、自分の為より一般的に相手の為に使われます。
イギリスで出会った愉快な
日本の友人達の紹介をします。
大体は、関東地方か関西地方
出身者が多かったですね。
その中でも、当時ロンドン滞在中の
ユニークな友人達との出会いが。
一人は、関西出身の芸術家の卵。
イギリスに来た理由は、
ロンドンでプロの切り絵作家として
成功を収め日本凱旋を狙った
自分の夢を持った野心家。
日本では、アルバイトでモデルをしながら、
渡英前は、切り絵の個展を発表。
切り絵作家として名前が売れる為には、
ロンドンでの成功が大きな鍵のようでした。
お父さんは、商売人
お母さんは、画家
お兄さんは、科学者
めずらしい家族構成でしょ?
出会いは、ロンドン行きの
機内で座席が隣同士でした。
当時は、初渡英で、緊張していたし、
本来恥ずかしがり屋の性格なので、
人に声をかける事なんて出来ませんでした。
隣の座席の友人が、座席を立つ為に、
会話を始めたのがきっかけで、
その後は、気が合って友人となりました。
彼女は、ロンドンに滞在前の
数ヶ月前にブライトンという
海岸町に半年ぐらい滞在。
今回は、ロンドンで美術学校に
通いながら、現地でアルバイトを
しながら生活をする予定との事。
当時、学生ビザがあれば、
学生の就労は、一定時間以内の
条件の下、法律上、認められていました。
彼女が、初めてイギリスに到着した時は、
イエス、ノーの二言ぐらいしか
英語を話せなかったそうです。
入国審査員も、あまりの英語の通じなさに
不法滞在の疑念も抱かせなかったのか、
何とか入国させてもらえたようです。
(現在は、入国が厳しいと思いますのでご注意を。)
英語の克服は、ブライトン時代に
クラスメイトのスウェーデン人と
部屋を共有してから、
どんどん伸びていったようです。
もちろん、彼女のユニークで
親切な性格もプラスに。
彼女は、イギリスの音楽、芸術関係は、
普通の人以上によく知っていたし、
物事のセンスもよく、彼女自身を
だんだんと周囲が認めてくれて、
色々と助けてくれたそうです。
とてもバイタリティー溢れてました。
切り絵の作品を購入してくれる人や
絵のスポンサーを見つける為に、
いろんな所に顔を出して、
様々な自分の為の営業活動。
モデルをしていたため、
長身で、見た目も個性的。
彼女の話によると、主な活動結果は以下の通り。
○パリのヴィダルサスーンの東洋版のモデル抜擢。
○イギリスのガーディアン英字新聞のロンドン在中の
日本人としてインタビューと写真付きで新聞掲載。
○日本のある雑誌に、ロンドン生活便りとして
定期的にコラムを担当。
当時、ロンドンのナイトクラブに出入りした関係で、
(ナイトクラブでも、踊り目的の健全な所)
日本デビュー前のイギリスのメジャーなアーティスト、
○ャミロクアィ、○ョークと出会えたようです。
他のアーティストのビデオコマーシャルにも一部出演。
それが縁か、わかりませんが、
日本の大手歌手のロンドン滞在の親戚を
紹介してもらい、自分の切り絵のスポンサーに、
なって頂ける様に、作品作りに熱が入ってました。
便りの無い便りは良い知らせ?なのか、
ある日連絡をしたら、もうその場所には、
居ませんでした。
メジャーになったら、彼女の名前で
切り絵作家として日本以外でも
活躍されているはずなんです。
日本に居たら先ず会う事もなかった
全く違った世界の友人との出会いでした。
KAYO ちゃんは、今どこに居るのでしょうか?
きっと何処かで活躍されていることでしょうね。
陽気で、全く気取らない、素直な大阪人でした。
○ ワンポイント 手先の器用な日本人は素晴らしい!
海外から友人宛に葉書用の切手を購入する時に、
ふと目にしたのですが、切手のシートから
ミシン目に沿って、日本人ならだいたい
綺麗に切り離すことが出来ますよね。
現地の方は、手で上手く切り離せないので、
(手で、切り離すとぐちゃぐちゃ)ハサミを使用。
日本人の器用さは、世界のブランドだと思います。
学生時代に、イギリス初の
日本のスーパーが、
ロンドン市内に出店許可を
受理されたと大きなニュース。
それが、ヤオハンでした。
当時は、外国のスーパー
新規出店は、いろいろと
規制が厳しく難しかったようです。
当時の記憶では、ヤオハンは、
その規制をすべてクリアし、
許可を取り付けた事で、
オープン前よりロンドン在中の
日本人以外にも大きな話題に。
ロンドン中心地の地下鉄から
約1時間のロンドン郊外に建設。
それでも、ロンドンに行った際には、
時間を割いてヤオハンに行く事も。
特に、日本食が恋しくなった時は、
フロアー一杯の日本食の陳列を
見るためにヤオハンに行ったり。
中華街以外の新たな
食の精神安定処でした。(笑)
物価の高いイギリスでの長期滞在中は、
お金もあまり使えなかったんです。
又、ヨーロッパの友人達にも、ヤオハンを
案内すると日本を疑似体験出来ました。
日本では目新しい事ではなくとも、
きちんと整理整頓された商品陳列と
店内の清潔さに感動してました。
食品の試食も、初体験で、
パッケージも綺麗だし、
味も美味しいと喜んでました。
友人達から言わせると、
スーパーというより、
綺麗なデパート感覚。
店内は、日本人がメインでしたが、
なぜか、いつ訪れても大きな
スペースの割には、「がらーん」と
人は、まばらでした。
お値段は、日本定価の3-4倍。
通常の生鮮食品も、なぜか2倍と
高級なお値段が付いてました。
お客様は、おそらくお金持ちの駐在員様。
現在、コラムをお書きになっている
つばめさんがヤオハンに就職されて
いたなんて、失礼勝手ながらも、
不思議な「縁」を感じてます。
当時のロンドン滞在中の
友人達のコメントでは、
オープン当初こそ、
物珍しさで人が、
多かったようでした。
しかし、あまりにも、いつも商品が
高いので、一般のお客様は
足が遠のいてしまったようです。
昔からの日本人向けのお店は、
ピカデリーサーカス周辺にあり、
三越、そごう(当時)、伊勢丹、
ジャパンセンターがあります。
日本のデパートは、日本人観光客か
駐在員の方が主なお客様なんでしょう。
いつ店内を覗いても、お客様は、
日本人の観光客で、もちきりです。
たまに、お金持ちのヨーロッパ人が
ちらほら。。。
ジャパンセンターは、日本に
関しての最大情報収集場所。
ピカデリーサーカス大通りに
面しており、3階建ての大きなビル。
ビル内は、日本関係書籍、
日本、ヨーロッパ各地
旅行手配、日本食品の
販売をしています。
今回新しいのは、一階フロアーを
日本レストランに改装してました。
多角経営をしている為か、
現在もしっかりといろんな
国籍の人で賑わってました。
時代の変化を読めないと
経営は本当に難しいですね。
○ ワンポイント 就寝前のコップ一杯の水の美肌効力?! 友人証言編。
この夏、イギリス人の友人再会時に、肌の美しさに
目が奪われました。(笑)彼女の肌は、十数年前と
あまり変わっておらず、しみも少なく、透き通った、
とても綺麗な白い肌。聞いていみると、野菜を沢山食べ、
日差しの強い外出時は、サングラスをしている。
又、昔からの習慣で、就寝前に必ずコップ一杯の水を
飲んでいるとの事。夜中のトイレには、目が覚めるようですが。
美肌の為にも、良い習慣は、どんどん真似をしたいですね。
ロンドンには、レスタスクエアー
地下鉄駅を中心付近一帯に
大きな中華街があります。
観光やショッピング中心エリアの
ピカデリーサーカスから
歩いて10分の所に所在し、
中華街はいつもいろんな
国籍の人で賑わってます。
学生時代も、手頃な中華料理店や
学生向けの日本食堂屋は
食事処の定番でした。
中華料理店のガラスの窓越しには、
ダックの丸焼きが吊るしてあります。
それを横目に、財布の中身と
相談しながら、料理店を決めていた
節約学生時代を思い出します。
ヨーロッパの中のアジア象徴である
中華街に安心感を求めて、つい自然と
足が向かってしまいますね。
長期短期滞在に限らず、
中華街に来ると、なぜか
「ホッ」としてやっぱり、
日本人なんだなぁーと
思う瞬間でもあります。
第2回で紹介した広東料理店の
「チェンチェンクー」も未だに
存在しており、情報誌の
ロンドンタイムアウト誌にも
食の推薦店として載ってました。
学生の間で人気のあった
日本食堂屋も順調らしく、
2号店が出来上がってました。
中華街の店も昔からある店や、
「おやっ」と思われる店の変化を
感じ取ることが出来ました。
学生当時は、漢方薬ブームで、
中華街にも大きな漢方薬の店が
あったのですが、今はその場所は、
イギリスのパブになってました。
変わりに、アンチエイジング、マッサージ、
リラクゼーション、美肌などの「美」に
関係する店が2-3軒ありました。
当時は、東洋医学は、
西洋医学と比べると
あまり認められて
おりませんでした。
簡単な東洋マッサージを
受けたら首の筋がおかしくなった等の
悪いうわさが新聞やラジオで流れ
東洋医学のイメージは、あまり
良くなかったんです。
簡単な肩をほぐす動作を
友人達に試そうとすると、
東洋医学は体をおかしくするから、
「やめてほしい。」と真顔で
断れた程です。(苦笑)
今では、アジアブームの影響か、
イギリスの代表的なデパートの
ハロッズが、Take away shopを
別棟にオープンしてました。
本店の真向かいの道路隔てた場所。
以前は、高級イタリアデザイナーの
ベルサーチのブティク専門店でした。
Take away 店内は、日本式回転寿司、
(皿の輪の色で値段を区分。)
日本やアジアの健康食料品、
様々なサラダバー、健康ジュース、
東洋式マッサージ、カイロプラクティス、
日本茶、中国茶、ハーブ茶等の専門店。
数年前までは、確かに日本ブームは
あったけれども、こんなに中国、韓国、
東南アジアの影響はなかったと記憶してます。
イギリス人は、もともと自然が好きだし、
有機野菜、ベジタリアン店も多いし、
心地よいリラクゼーションと健康に関して、
やっとアジアの良さの見直しを
始めたところでしょうか。
○ワンポイント 飲み終えた紅茶の利用方法。家庭医学編。
飲み終えた紅茶の出がらしを再度お湯で煮出して、
冷ますと簡単な「うがい薬」を作ることが出来ます。
紅茶は、殺菌作用があるし、体にも無害。
紅茶の効用をお医者さんも認めております。
これからの季節は、手作りの紅茶のうがい薬で、
風邪対策は如何でしょうか?
ロンドンを訪れるときに必ず足を
運ぶ場所が数箇所あります。
地元ロンドンでは、V and A 通称の
ビクトリア アンド アルバート博物館。
とても大好きな博物館です。
クラッシクな洋服、工芸品、装飾品、
世界的に有名デザイナー達の作品宝庫。
とくに洋服、食器、日常雑貨に興味のある人は、
ぜったい見逃せない魅力的な場所です。
1階は、各年代ごとの男女洋服展示。
各階の展示場は、大英博物館の様に、
明確な仕切りがされてません。
イギリスは、70年代後半の
パンクファッション発祥地。
マネキンの洋服と髪型が
当時の様子を物語ってます。
「あ、この衣装さっき見たっけ。」と
同じ場所をくるくる回ってしまいます。(笑)
洋服以外に、銀食器、ジュエリー、
陶器、日常品で利用するラジオ、
テレビ、バック、ポスター、Tシャツデザイン、
他国籍の民族衣装などの展示も加わり、
飽きることなく本当に楽しい場所。
趣味でバリ舞踊をしているんですが、
男性舞踊のバロンマスク付きの
民族衣装もあり、親近感を覚えました。
数年前まで、入場料が5ポンド(1300円)位。
今回の入場は、嬉しいことに無料に。
トップモデル使用の洋服も
飾ってあり、イギリス人デザイナー、
ヴィヴィアン ウエストウッドの
作品もあります。
ヴィヴィアン ウエストウッドは、
パンクファッションを
生み出した親として有名。
日本では、若者に人気。
以前訪れた時には、彼女の
特別展示が開催されてました。
トップモデルのナオミ キャンベルが
ファッションショーで、
履いたヒール20センチぐらいの
靴の展示もありました。
この展示エピソードを読むと
あまりにヒールが高すぎで、
モデル歩きのキャットウオーク途中で
一瞬足がこけたハプニングの写真が。
通常モデルが転ぶなんてありえませんよね。
ナオミキャンベルを転ばせた靴として
デザイナーも一段と有名になったエピソード。
コメントが面白いと思いませんか?
日常食器コーナーは、60年代のポット、
コーヒー、ティーの食器に、緑、オレンジ、黄色、
金色の色使いとデザインがとてもマッチしてます。
モダンで、機能的な食器は、
現在でも充分使用できそうです。
展示の前で、デッサンをしている
未来のデザイナー達らしき
黒髪軍団を発見。
デッサン中でしたが、アジアンな様子に
心が「ほっ」と安心し、ちょっと話かけたら、
将来は、デザイナーになりたいとか。
上海出身の18歳でデザイン学校に
通っている女子留学生達でした。
上海の街は、彼女達の様な
デザイナーの卵達を沢山迎え、
東洋と西洋が混ざった魅力的な
街にどんどん変身するのでしょうね。
○ワンポイント Let's go pub crawling tonight! イギリス編。
イギリスで、パブの2-3軒の梯子をすることを
Pub crawl(パブ クロウ)と言います。完全なるイギリス英語。
Crawl とは、赤ちゃんが「ハイハイ」する状態です。
酔っ払うと足が「ふらふらする」様子から出来たのでしょうか?
語源は、定かではありません。周囲の迷惑にならない為に、
パブ苦労(笑)に気をつけながら、楽しんでお酒を飲みたいですね。