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第143回 邱作品『香港』を歩く ~莉莉という名の女~

おはようございます、ホンコンスターオーです。

『香港』には
社会の底に沈殿した人たちがたくさん出てきます、ですから、
どうしても汗臭さや、胡散(うさん)臭さ、を感じます。

しかし、
人様に迷惑も掛けず普通にまじめに生活しているのに
気が付いたら社会の底辺にいた。
何も悪いことをしていないのに時勢という流れに飲み込まれただけで
底辺に追いやられた、
そんな人たちもたくさん登場します。

善因善果、悪因悪果の通用しない戦後間(ま)もない
『香港』の社会に薄気味悪さを感じます。

莉莉も時代に翻弄(ほんろう)された女性の一人です。

春木が金龍を海に置き去りにして
殺人未遂容疑で警察に捕まる場面で出てきます。

金龍を海に置き去りにしてから
春木は伊勢海老を売りポケットに100ドルをねじ込んで
皇后大道中の海岸沿いの道にやってきます。

春木と莉莉が知り合ったのは場末の売春宿です。
莉莉が身の上話をします。

上海交通局で働いていた父親は戦争中親日派だった。
戦争が終わると“漢奸“(日本語で言うと売国奴でしょうか)
と言う汚名を付けられ、耐え切れなくなって服毒自殺してしまった。

母親に連れられて伯母の家に身を寄せたが
伯母の家も共産党から資本家だと睨(にら)まれ
財産を召し上げられて一家離散した。

彼女自身一度は結婚したものの
夫は封建地主階級として土地を取られ首をくくって死んでしまった。

莉莉は汪精衛(戦時中の中国で日本の傀儡政権だった首班)の息子の消息も話します。
汪精衛の幕僚達と共に鑚石山(ダイヤモンドヒル)で
畑仕事をしながら生息していたのだそうです。

零落したのが自分ひとりじゃないと思ったら安心してしまうのだそうです。

春木はこの後警察に捕まったり
李明徴の貿易サギの片棒を担がされたりします。
春木は李明徴から当座のカネとして100ドル貰います。

ビクトリア公園(実際は多分香港公園か香港動植物公園)で
この100ドルの使い道を考えているうちに莉莉のことを思い出します。
その間(かん)4ヶ月、
春木は莉莉に会いに行き
「こんな生活なんか辞めて一緒に住もう」
と提案します。

余程莉莉のことを気に入ったのか
春木が惚れっぽいのか、
4ヶ月ぶり会ったのも2回だけでこの提案です。
普通だったらあんまりないとは思います。

李明徴は貿易サギがうまくいったのに気をよくして
春木に給料を1,000ドル払うと約束します。
「1,000ドルだったら悪くない。」
春木は尖沙咀で莉莉と所帯を持つことにしました。

ところがです、
ある日、家に帰ると5歳くらいの女の子を連れた
34,5歳の見知らぬ男性がいるではありませんか。
春木はその男が莉莉の夫だと直感します。

春木を見てその男はそそくさと帰るのですが、
女の子が別れ際に
「ママ、バイバイ。」
と言ったものですから
事実が露見します。

莉莉は春木に本当のことを話します。
莉莉の夫は苦労知らずで生活力がなく
生活が困窮しても仕事に就かないような男だった。
莉莉が工面して背広を買ってやり仕事を見つけてやっても
長続きしない。
ほとほと愛想が尽きたのだが、二人の間には子供が居るので別れられない。
それで莉莉はあのようなところで仕事をしていたのだと。

春木と莉莉の甘い生活はこれで幕を閉じます。


莉莉と言う名前は香港ではそんなに珍しい名前ではないのかもしれません。
会社で工場宛に書類を送るのに
クーリエ(宅急便みたいなもの)を呼んだ時です。
女性が取りに来ました。
大事な書類だったので、念のためにその女性に名前を聞くと、
笑いながら
「莉莉」
と答えたのはいいのですが、
会社の受付をしている女性までが大受け(おおうけ)して
爆笑しているではありませんか。

私は当然ご機嫌斜めになりクーリエの女性を追い出して
爆笑している受付係りに笑った理由を質(ただ)したら
「莉莉というのはナイトクラブに出てくる
コンパニオンによくある名前だったので、
おかしくて笑ってしまいました。」
という事でした。

「フーム、莉莉とはそういう仕事の関係に付ける名前だな。」
とその時は理解したのですが、そうは問屋が卸さない。
先入観は禁物です。

先日、商談した会社の社長の奥様のお名前が莉莉さんでしたから。
みなさんもお気をつけください。




(2006年12月02日)